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弓姫二人 その2

 伸びやかな手足で、その娘はお湯をすいすいとかき分けていく。剥き出しになった素肌を、熱い湯が撫でる。それがとても開放的で心地よい。孫尚香は今、一糸纏わぬ姿で、湯船の中をを左へ右へと泳ぎ回っていた。
「へえ、あったかくて気持ちいいのね〜。稲もやってみなさいよ」
 頭だけ湯の上に出し、尚香は共に湯に浸かる稲姫に声をかけた。さすがに彼女は泳いだりせず、縁に静かに腰かけている。鎧から解放された豊かな胸乳が、水面に少し浮いていた。湯の中では、豊穣な恥毛が藻のように揺らめいている。
「ちょっと尚香、ここは泳ぐところじゃないのよ」
 尚香は平泳ぎをしているから、大胆に開く脚やお尻が当然稲の目に入ってくる。さらには、その奥までがチラチラと。姫君にしては少々はしたない行動を、稲は軽くたしなめた。今は二人きりだからいいようなものの、人が入ってきたら大恥をかくことになる。
 誰に対しても、敵にさえ礼儀正しい稲が、孫呉の姫君を呼び捨てにしている。それは些細な、しかし驚くべき変化だった。

 衝撃的な初対面の後、二人の再会はすぐに訪れた。魔王・遠呂智に人質を取られ、孫呉も徳川も従属を余儀なくされてしまったのだ。
 遠呂智の軍師となった妲己に命じられるまま、反乱鎮圧や軍資金輸送など、まるで悪の手先のような仕事に従事させられる。その際なぜか、二人は一緒の任務を命じられることが多かった。
 戦場では助け合い、終われば辛い胸の内を遠慮なく吐き出す。そうするうちに、強い信頼関係が築かれていくのは当然だろう。いつしか二人は、私的にも親しく付き合うようになっていた。それこそ、稲がよそよそしさを捨て去るほどに。
『尚香殿とか呼んだら、口聞いてあげないから』
と、釘を刺されたせいもあるが。
 今日も二人して、とある弓道場へ稽古に出かけていた。表向きは任務をより着実に果たすため、しかしいつかは自分たちの手で遠呂智と妲己を討ち果たすために。あの女狐に何もかも視姦された屈辱を、片時も忘れたことはない。
 そして存分に汗を流すと、稲は尚香を近くの温泉宿へと誘った。自分が元いた世界のことをもっと知ってほしい。そして、自分のことも。

(でも、こんなの初めてって言ってたし。尚香がはしゃぐのも無理ないわよね)
 柵の向こうで真っ赤に染まる山々を眺めながら、稲は湯の心地よさにほうっ、と吐息を漏らした。独りで入るときより、不思議と身体が温まる。全身がほんのりと桜色を帯びていた。髪をまとめているから、細いうなじがあらわになっている。
 視線を湯船に戻す。すると、あんなに元気に泳いでいた尚香が見当たらない。
「あれ? 尚香?」
 先に上がってしまったのだろうか。であれば、一声かけても良さそうなものだが……
バッシャアアァァン!
 突然、稲の背後で、盛大に水柱が立った。
「きゃああ――っ!? な、何事!?」
 可愛らしい悲鳴が、露天風呂にとどろく。
「ぷはあ! あはは、ゴメンゴメン。こんなにうまくいくなんて思わなかったわ」
 慌てて首だけ振り返ると、尚香がおかしくてたまらないというような顔をしていた。短髪がぺったりと張り付き、少々顔が赤い。稲を驚かせようと、ずっと湯の中にもぐっていたらしい。さすがに孫呉の人間は潜水時間が長い。
「んー、育ってる育ってる。あんな窮屈な鎧に押し込めて、苦しくないの?」
 尚香が両手を、稲の胸元に素早く回す。稲の乳房を掌に収めようとしたが、とても収まりきるものではない。
「それっ、計測!」
 自分に備わったものと比べるために、尚香は優しい手つきで稲の膨らみを揉み始めた。肌理も確認するかのように、円を描くように指先を滑らせていく。
「やめて、誰かに見られたら、恥ずか……ん、ぅんんっ!」
「うわぁ、私のよりずっと大きくて柔らかいじゃない……なんだか妬けちゃうなあ」
 肩ごしに双丘を見つめながら、頬を膨らませた。隣の芝生は青いというが、彼女の胸も稲に負けず劣らず、発育良好で美しい。
「これじゃ、肩も凝るんじゃない? ほぐしてあげる」
「しょ、尚香……私、これ以上されたら……あっ……はあぁ」
 左手で乳房を撫で回しつつ、右手では肩を強めに揉んでいく。しばらくすると、左右を入れ替え、同じことを続けていく。
 稲はいつしか、騒がなくなっていた。ただ、悪戯な友の手に身を任せている。これが妲己だったら、肘鉄の一つも食らわせていたに違いない。そもそも一緒に風呂に入りたくもないが。
(尚香になら、自分を晒せる。これが、友ということ?)
 今まで稲には、友人というべき相手がいなかった。あるのは家族か、目上か目下だった。こんなに対等に付き合える人間は、男女問わず尚香が初めてと言える。
 その、初めての友達づきあいが、幸か不幸かこんなにも濃厚となった。彼女の価値観を決定づけるほどに。
(我が友……尚香……)
 淡い桜色の頂点が、疼き始める。耳にはゴウゴウと、重苦しい音が聞こえてきた。血潮が激しく流れる音だった。尚香の指を感じるたび、視界が暗くぼやけていく。
 そんなことは露知らず、尚香は肌と肌の触れ合いをたっぷり楽しんでから、ようやく手を放した。稲ほど箱入り娘ではないから、この程度は侍女たちとよくやっている。その延長のつもりだった。
「ふふ、少しはほぐれた? じゃあ、次は……って、稲、聞いてるの?」
 返事がない。がっくりとうなだれ、ほとんど水面に顔を叩きつけそうになっている。表情もやけに苦しそうに見える。さすがに尚香も、稲の様子がおかしいことに気付いた。
「ちょ、ちょっと稲!? しっかりして――!」
 脱力しきった稲を、尚香は慌てて抱きかかえた――

「ごめん……はしゃぎすぎたわ」
「い、いいの。疲れが出ただけだから。気にしないで」
 足元をふらつかせつつ、稲は寝室の畳の上に布団を敷いていた。尚香も、自分の分を敷いている。
 日帰りのつもりだったが、尚香は稲の体調が心配だった。未曾有の戦乱で客足も遠のいているから、空き室はいくらでもある。民への罪滅ぼしのつもりもあって、二人宿代を折半して泊まることにした。
 二人は木綿の浴衣に身を包んでいる。これも稲が、尚香に着せてやった。湯気立つ尚香の裸体を、極力見ないようにしながら。そうしないと、また気が遠くなってしまいそうだった。
(女同士なのに、私はどうしてこんなになってしまうのだろう)
 今の彼女には、答えの出ない問いであった。今も尚香の素足がちらりとのぞくたび、そこに目が行ってしまう。目が合うと慌てて視線をそらす稲を、尚香は不思議そうに見つめていた。
 明日も早い。夜更かししているわけにはいかない。灯りを消し、よもやまなことを語り合ううち、睡魔が急激に襲ってきた。
「じゃ、おやすみ〜」
「うん……今日一日、お疲れ様……」

 数刻後。
 尚香は早くも布団をうっちゃって、大の字に寝転がっていた。伸ばした手足は、稲の領地まで侵略している。
 よほど寝相が悪いのか、浴衣が思いきり着崩れていた。胸元は大きく開き、双丘が半分近くまでのぞいている。裾もまくれあがり、太腿はおろかその上の豊かな翳(かげ)りまで、わずかに顔を出していた。
「敵将……討ち取ったぁ……」
 夢の中でも戦っているのか、哀れな友人が足蹴にされている。とてもではないが、眠り続けることはできなかった。
「うぅ――ん……まったく……おとなしく眠れないのかしら」
 闇の中で、稲がのろのろと上体を起こした。傍らを見ると、尚香があられもない寝姿を晒している。
「布団、かけ直してあげないと」
 立ち上がろうとする稲の膝に、不意に尚香の手が触れた。
(この手が、さっきは私の胸を……)
 それだけのことで、心臓がトクン、と高鳴った。昼間の『裸の付き合い』が、まざまざと甦ってくる。背後から大胆に胸をつかまれ、同性ならではの優しい手つきで撫で上げられて――
 そこまで思い出すと、もう始まってしまった。夜な夜な繰り返す、孤独な宴が。

「ふあぁ……んっ、ん……」
 衿の中に右手を突っ込んで、自分の乳房を愛撫する。今は乳首を摘んで、少々強めに転がしている。左手も衣を割って、太腿の奥へとしのばせていた。縮れの少ない下の毛が、指に数本絡み付いている。もう、毛先は湿り気を帯びていた。
(やっぱり止められない。人が隣にいるのにっ)
 父を模範とし清い毎日を送っていた稲も、年頃の娘である。きっかけは机の角だったか、枕だったか。今となっては覚えていない。とにかく、何かを股間に押し付けると背筋がゾクッとして、不思議と心地よいことに気付いた。
 それはすぐに自分の指になり、胸が膨らみはじめてからはそこも弄るようになった。昼夜、本多忠勝の娘にふさわしくあろうとするほど、布団の中ではますます乱れていった。
 さらに、遠呂智軍に従属してからは、ほぼ毎晩慰めるところまで行っていた。人には見せられない寂しさや不安が、稲をかりそめの解決法に駆り立てる。
 姫割れの上、ぷっくり膨れた一番敏感な部分に、指が向かう。包皮の上からさすると、
「ん! あっ!? んふうぅっ」
 臀部が、ビクンと大きく跳ねた。声が出そうになり、慌てて枕を噛み締める。指先は、明らかにぬめりをとらえていた。
(指が、この指が尚香だったら、って思うだけで……凄い……)
 あろうことか稲は、かけがえのない友を妄想の具にし始めていた。以前は憧れの立花ァ千代で同じことをしていた。不埒なこととは分かっていても、それによっていっそう高ぶってしまう。
 妄想はあの露天風呂の続きで、尚香は稲に全裸の肢体を絡ませていた。
『ここ、もう、こんなに硬いわよ。それにこれ……いっぱい溢れてるわね』
 淫乱さを耳元で指摘し、指で容赦なく快楽のツボを責め立てる。現実の尚香とはかけ離れた姿を描くほどに、愛露の分泌は激しさを増した。
 黒髪を振り乱し、稲は布団の上で悶え続ける。尚香が深い眠りについていると信じ込んで。

 隣から聞こえてくる妙な苦悶の声に、尚香は眠りを破られていた。
(う……ん。どうしたのかしら、稲ってば? さっきから、苦しそうだけど……!?)
 横を向いて、驚愕に固まってしまった。あのお堅い稲が、身体を妖しくくねらせている。手の位置や動かし方から、やっていることは明らかだった。
(何て大胆なのよ……いつもは不埒不埒ってわめいてるのに……)
 稲の堅物ぶりは、尚香もよく知っている。
 その稲が、夜中に大胆な自慰に耽っているとは。意外な一面を見ていると、自分もおかしな気分になってくる。
(当てられちゃったじゃないの……もうっ)
 尚香も稲に背を向けると、そっと両手を股間に挿し入れた。
(久しぶりだなぁ、コレ……あぁうっ、はあぁ……)
 手っ取り早く気持ちよくなりたいから、最初から淫核に指を持っていく。手馴れたものだった。すぐに、乙女の女芯が疼きだす。
 自慰が好きというわけではなかったが、とくに罪悪感も持ってはいない。侍女の濃厚な艶話を聞いた夜など、思わずしてしまうのは健康な証といえる。
(あふ……男の人のアレって……これより、気持ちいいのかな?)
 そして、異性への興味も人並みにはある。ただ、客観的に見て尚香は要求が高すぎた。『江東の小覇王』孫策以上の男が、この世に何人いるというのか。
(ま、すぐに巡り会えなくても、いいわよね)
 尚香は再び、自分で生み出す快楽に意識を戻していった。

(んっ! あっ、もう駄目、果ててしまうっ)
(う……ん……そろ、そろかなっ……もう少しでっ)
 二人とも腰を前後に激しく振り、眉間にぎゅっと皺を寄せる。背中合わせの孤独な密戯にも、そろそろ終わりが近いらしい。
(しょ、尚香っ……ごめんなさい、こんな友を許して……ふぐううっ!!)
 枕を食いちぎらんほどに歯を立て、稲は汗まみれの肢体を硬直させた。一方の尚香も、
(さすがに、声出しちゃまずいわよね……むぐ、うぅっ――!)
 浴衣をまつわらせた身体をつま先までピンと伸ばし、目を固くつむり、口を真一文字に引き結ぶ。
 示し合わせたわけでもないのに、二人はほとんど同時にのぼりつめ、柔らかな布団に崩れ落ちた。

 絶頂が過ぎ去り、浴衣の裾で秘所を拭っていると、稲の胸に言いようもない虚しさがこみあげる。加えて今夜は、鉛のような罪悪感に打ちのめされていた。
(嗚呼……巡り会ったかけがえのない人を、こんなことに使うなんて……)
 目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとする。
(この償いは必ず。そう、どんなことをしてでも、されても……!)
 布団の中で、拳が強く握られた。
(私も、なにやってるんだか)
 思わぬ盛り上がりに、尚香は苦笑していた。それにしても、今夜の稲は意外な一面を見せてくれた。まさに、恋する乙女だった。
(きっと好きな人がいるのね。夜中に我慢できなくなるくらい。いつか私に、打ち明けてくれないかな)
 もっと心を開いてほしい――そう願いながら、尚香は今度こそ深い眠りに就いた。

 二人は互いを友と認めながら、何かがすれ違っていた。

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Written by◆17P/B1Dqzo