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蜀・魏を相次いで屈服させ、孫呉は天下における主導権を握った。呉主・孫権によって丞相に任命された陸遜は、持ち前の才覚で各地の氏族を取り仕切る。その権威はやがて、主君の孫家をも上回るに至った。
不安を感じた孫権は、妹である孫尚香に視察を命じた。今は遠く離れているが、彼女と陸遜は長年、姉弟のように親しくしている。神妙な顔の下で、尚香の心は浮き立った。
(陸遜……丞相なんてなっちゃたけど、元気でやってるかな)
兄の胸中に渦巻く疑念に気付かぬまま、尚香は陸遜の待つ荊州・襄陽城に向かう。
「久しぶり! 元気してたかしら?」
「姫! これは突然のお越しで……と、とにかくお入りください」
尚香の突然の来訪に、陸遜の心も躍った。
しかし、孫権からの書状を読み進むうち、主君に疑われていることへの憤りと悲しみがこみあげてきた。はっきりと書かなくても、行間から主君の疑念を読み取れる。
「残念です……私に進むべき道を示してくださったのは、孫権様だというのに」
「そ、そういうことじゃないわ! 最近会っていないから、陸遜を心配しているのよ。直接会って、話をすればすぐ分かるって」
努めて明るく語りかける尚香だが、陸遜の推測は間違っていなかった。
そもそも孫呉そのものが、氏族連合的な一面を持っている。それは、孫家に取って代わることが比較的容易ということでもあった。まして、陸家は呉郡屈指の名門である。孫権の不安も、もっともと言えよう。
「私が丞相として、天下の取りまとめ役を担う限り、孫権様の不安は消えないでしょう。このような君と臣の関係、最初から無理があったのです。しかし、逃げ出すわけにはいきません。孫呉のため、いや、天下国家のために」
「陸遜……あなたそこまで……」
陸遜の決意を聞かされ、尚香は胸がふさがる思いだった。できれば、この青年を支え、助けてやりたい。兄に逆らっても。
「あのね、あなたが望むなら、私……え!?」
そんな彼女の手を、急に陸遜が両手で包み込んだ。女性のような掌の柔らかさが、尚香の鼓動を速くする。
(ひょっとして、陸遜も私を必要としてるの?)
その期待は見事に裏切られた。
「お帰りください。貴方は孫家の姫君……血を分けた兄上、孫権様の支えになるべきです」
「なっ!」
そう言われると拒絶されたようで、尚香はかえって意地になる。
「何言ってるのよ! そうやってまた、一人で全部抱え込む気なの? それじゃ、どんなにあなたが正しくても、何もできやしないわ」
口角泡を飛ばす弓腰姫を見て、若き丞相は顔を曇らせた。
「姫……まさか、呉に帰らず私のそばにいるなどと、おっしゃるおつもりではないでしょうね」
「……そうよ。私はね、あなたの志を支えたいの」
案の定。それに対する、更なる問いも用意してある。
「では、孫家であることを捨ててまで?」
陸遜が一段と強い声で尋ねた。
「え……それは……その」
さすがに面食らう尚香に、あえて冷たくたたみかける。
「私と行動を共にするというのなら、そこまで覚悟していただきたいのです。兄妹の情に流されるようでは、天下の大事を共にできませんからね」
尚香の脳裏に、孫権だけでなく父・孫堅や長兄・孫策の顔がよぎる。しかし。
「いいわ。言葉で信じてもらえないなら、何だって見せてあげる。私が兄様より、あなたを選んだっていう証拠を」
挑むような目で、尚香は陸遜を見つめた。その頬を、朱に染めて。
(天下国家をだしに、姫を自分のものにしようとは……私は最低の男ですね)
思惑通りにことが進んだからこそ、陸遜は自分が嫌になっていた。それでも、もう後には引けない。
(綺麗な手のままではつかめないものもある。孫家と対等以上になった今なら、自信を持ってこの方を……!)
その日、孫尚香はついに呉に戻らなかった。
陸遜は尚香を、城の裏手へと連れ出した。そこには清らかな泉がこんこんと湧き出し、岸辺には青々とした野草が生い茂っている。今は春。風は温かく、小さな花々も絨毯のように咲き乱れていた。
「周の時代、この泉ではとある儀式が執り行われていたようです。それが何だったのかは、今となっては分からないのですが……」
泉をじっと見つめながら、尚香は陸遜の言葉を黙って聞いていた。
わざわざそんな場所を選んだということは、陸遜も尚香との契りに格別な思いを抱いているということなのだろう。そうあって欲しかった。
「私たちの成すべきことを、始めましょうか」
尚香は、コクリとうなずいた。
二人とも裸足になって、薄手の衣一枚に着替える。泉の水を手桶に汲み、肩からかけはじめた。すぐに衣は透け、身体の線があらわになってくる。これからすることが、要は肉体関係であっても、崇高なものにしたかった。
向かい合って、物も言わず、帯をほどく。シュルッという衣擦れの音と共に、尚香の身体から衣が滑り落ちた。その下には、何も身に着けてはいない。
締まった体つきからはすぐに、一生懸命武芸に打ち込んだことが分かる。尚香自身は少々ゴツゴツしていると思い込んでいるが、実際には無駄肉がなく、脂と筋肉の調和が取れた美しい肉体だった。特に胸筋に支えられた豊かな胸と、伸びやかでメリハリの利いた脚が目を引いた。
(恥ずかしいけど……不思議……孫呉の姫でもなんでもない、一人の女になった気がするわ)
そう思うと、裸体を異性の目に晒すことにためらいがなくなる。乳房も、茂みすらも隠さず、両腕を軽く広げて水の中に立った。膝下まで感じる適度な冷たさが、心地よい。
もちろん陸遜も、尚香と同じ姿になっていた。年下の少年は周りの屈強な猛者たちと比べて小柄だが、彼しか持ちえない中性的な美を備えている。
(男の人にこういうのも変だけど、陸遜の身体、綺麗……んん!? ちょっと、ちょっと)
チラリと目をやった男性生殖器は、体格の割に立派で、赤剥けた先端はいやに硬そうに見える。それが自分の中に押し入ってくるのかと思うと――怖くなってきた。
「よ、よろしく……お願いするわね。私、あまりこういうこと……な、慣れてないから」
明るい色の短髪を指でいじりながら、尚香は妙に小さな声で陸遜に頼んだ。
慣れていないどころか、尚香は輿入れもまだ済ませていない。蜀の劉備とは本人のあずかり知らぬところで縁談が進んでいたらしいが、結局立ち消えになってしまった。しかし、年下の少年に未経験であると告白するのは気恥ずかしい。
「ええ。姫の決意に応えられるよう、陸伯言、力を尽くします」
馬鹿丁寧に一礼する陸遜は、これでも陸家の長である。それなりに女性経験は積んでいた。しかし、まだ妻を迎えていない。一夜の関係を持つことはあっても、どうしても尚香への未練を絶てなかった。夜、彼女のことを思うあまり、虚しく放ってしまうこともある。
その彼女が今、生まれたままの姿を自分に見せてくれている。どこもかしこも想像通り、いや、それ以上の美しさだった。たちまち、身体の一点に血液が集中していく。
それぞれの思いを抱えたまま、二人は泉の中で歩み寄る。手と手を握り、顔を近づけていく。
「ン……」
触れ合う唇が、すべての始まりを告げた。
Written by◆17P/B1Dqzo