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呂布は今、かつてない強敵を前にしている。今まで積み上げてきた経験が、微塵も通用しない。
「ぬおおおっ、さっぱり分からん！ この俺を苦しめるとは小癪なあっ！」
五ケタの将兵を蹴散らしてきた男が、小さな机に突っ伏し、五ケタの計算に苦悶していた。しかも足し算引き算である。
武を封印し、平和に生きる。それは、ろくに文字も知らない彼にとって、非常に勇気のいる決断だった。平時は平時なりに、生き抜く力が求められるのだから。
「あらあら。ここまでにいたしませんか、奉先様。今日一日で、ずいぶんと上達なさいましたもの」
慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、貂蝉は呂布に声をかけた。手にした盆には、湯飲みが柔らかな湯気を立てている。
「そ、そうだな。あまり手ごたえがなくなるのも、つまらんからな！」
呂布は腕を組み、ふんぞり返った。思いっきり、安堵のため息を漏らしつつ。
最近暖かくなってきたとか、庭の梅がやっと咲いたとか。
温かい茶をすすりながら、二人はたわいもないことを語り合う。少し前までは、戦いの話ばかりしていた。それでも、強敵との戦いを前に呂布の瞳は輝いていた。貂蝉は思う。もう戦乱は嫌だが、この人の生きがいを奪っていいのかと。
「あの、奉先様」
「どうした」
「武が恋しくはないのですか？ 漢室はいつでもあなた様のお力を……あっ」
大きな手が、貂蝉の華奢な両肩に置かれた。呂布は黙って、首を横に振る。
「今まで俺は、俺のやりたいように生きてきた。もう、満足だ。これからは、お前がお前らしく生きろ」
こんなに優しい言葉を、世界中で自分だけにかけてくれる。誇らしさと申し訳なさが胸にこみ上げ、貂蝉の涙腺を緩めた。
「ほ……奉先様……」
「むうぅ、なぜ泣く？ お前にだけは、泣かれると困るのだ」
舞姫の頬を伝う嬉し涙を、呂布は太い指先でぎこちなく拭ってやった。間近で見る貂蝉の顔は、化粧などしていない。にもかかわらず、野に咲く花のように可憐で美しかった。
「貂蝉……まだは陽は高いが……」
「ええ、構いませぬ……」
二人の顔が、吸い寄せられるように近づいていく。少しだけ首をかしげ、唇が重なった。
「んふ……んんっ……」
「む……ふう……」
飲んでいたお茶のおかげで、口づけはいつもより温かい。唇をすり合わせ、舌を絡め、その温もりを分かち合う。互いの背に腕を回し、二人は床にもつれ込んだ。
「んああっ……！」
「おぉ、貂蝉、貂蝉……」
貂蝉の白くか細い喉から、感極まった嬌声が漏れた。あらわになった乳房に呂布が顔を埋め、無心に吸いたてている。ほとんど、赤子を思わせる無邪気さがあった。
呂布と董卓を溺れさせるため、かつての貂蝉はあらゆる性技を駆使した。しかし近頃の彼女は、呂布の愛撫に身を任せる時間が多くなっている。それも、呂布が望んだことだった。
呂布の指が、淡い茂みの奥へと伸びる。
「く、ううんっ……あ、奉先様ぁ……はぁん」
肉珠をさすり陰唇を撫でる指は、相変わらずぎこちない。だが、貂蝉の腰は指の動きに合わせるようにビクンビクンと震え、身体の奥から悦びの露がにじみ出てくる。どんな性豪だろうと、この男以上に貂蝉を悦ばせることはできまい。
「奉先様……もう来てくださいませ……」
「うむ……」
汗に濡れ光る貂蝉の滑らかな尻肉が、大胆にも呂布に突き出されている。男はそっと手を添え、その間へと己を突きたて、女に沈み込ませていく。
「はぁあぁんっ……！ ほ、奉先様が、私の奥深くまでぇっ……」
「良いぞ、貂蝉……俺の貂蝉……！」
根元まで埋め込んだモノを、ゆっくりと律動させる。時に深く、時に小刻みに。かつては力任せに突き入れていた呂布も、ずいぶんと優しい動きになった。柔らかく奥深い貂蝉の身体が、知らず知らずのうちに呂布のあり方を変えていた。
交わりが生む熱気と切ない息遣いだけが、室内を満たしていく。
巨体を身震いさせながら、呂布は貂蝉の上にかぶさった。丹田に力を込めて、射精の衝動を抑えていたが、いよいよ抑えがたい。
貂蝉の中も、先ほどからひっきりなしに呂布を締め付けていた。本能が、最愛の男の精を求めて止まらない。口の端から涎が、太腿には愛汁がツツーッと垂れている。
性急ではなく、ゆったりと進行する愛の時間にも、さすがに終わりが訪れようとしている。
「出るぞ、貂蝉っ！！」
「はっはい、奉先様ぁ！ 私の中に、たくさん注いでくださいませっ」
戦の間は、身ごもる余裕などなかったが、今はもう二人の愛の結実を阻むものなどない。貂蝉が自ら後背位をとったのも、呂布に奥まで注いでもらえそうだったからだ。
「ぬううっ――おお！」
低いうなり声と共に、白濁の大波が貂蝉へと放たれた。
「あ、あ、嗚呼――っ……！」
それを感じ取った貂蝉にも、大波が来た。一気に高みへと押し上げられ、そこで意識は途切れた。
逞しい上腕部を枕にし、貂蝉は呂布に添い寝していた。その髪を撫でてやりながら、呂布は訥々とつぶやく。
「明日も教えてくれ。俺が今まで知らなかった、いや、知ろうとしなかったことを。自分の子供に、笑われないようにな」
子供。
その一言が、貂蝉の胸を未来へと高鳴らせる。
「はい……なりましょう、良き父と母に」
諦めていた、女としての幸せ。それはもう、手が届くところにある。最も強く、最も優しい漢と共に。
完
この物語のヒロインたちは、以下の作品にも出ています
遠呂智の淫謀 貂蝉編
石田三成×貂蝉
趙雲×貂蝉
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