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遠呂智の淫謀 終章

「遠呂智よ、俺は帰ってきたぞ! 貴様を越える強さをもってな!」
 最深部に突入した呂布の眼前で、遠呂智と妲己が交わっている。そして裸の女たちが
何人も床に倒れていた。
 遠呂智も呂布に気付いた。妲己を犯している場合ではない。大蛇たちが、次々と引き抜かれる。
「やばっ。こんなところで死んだらバカバカしいっと。じゃーね、遠呂智様」
 妲己は遠呂智を守ろうともせず、ふらふら宙を飛んで逃げた。男たちは追おうともしない。
 雌雄を決するときが来た。

「来い。貴様が強くなった以上に、我は強くなった。見るがいい!」
 遠呂智は十六匹の大蛇と大鎌で呂布の方天画戟を迎え撃つ。女たちを穢していた陵辱器官は、
戦となれば敵に咬みつき、強酸を飛ばし、鉄壁の盾となる。
「くっ、邪魔だ!」
 床にはうつ伏せで、女たちが倒れている。顔をあらためている暇はない。しかも
彼らしくないことに、まったく体つきの違う女でも傷つけないように戦っている。
遠呂智への意地だった。
(遠呂智は倒す、貂蝉は救う。両方を成し遂げねばならぬとは……)
 しかし、手数が違いすぎる。単純に計算しても一対十七。鎌と蛇の同時攻撃をさばくのが
精一杯で、他に手が回らない。
さらに氷や炎の弾まで飛んでくる。
「このっ!」
 強引に間合いを取ろうとするあまり、呂布は方天画戟を大振りしてしまった。それを待って
いたかのように、大蛇が牙を剥いて懐に飛び込んできた。
(しまった……!)
 呂布は確実に襲うであろう激痛を覚悟した。
 だがその首が、空中で斬り落とされた。自分が死んだことも分からず、床に落ちた蛇が
口をパクパクさせている。
「こんなものが、おねね様を辱めていたのか。お仕置きだな!」
「礼は、たっぷりとさせてもらおう」
 振り向けば三成の扇が、曹丕の双剣が、蛇の胴体まで細切れにしていた。訳の分からぬ
感情が、呂布の胸にこみあげる。
「だ……誰が手伝えと頼んだ、クズどもっ!」
 呂布の一喝も曹丕にはどこ吹く風。
「ただの偶然だ。よそ見をせず、貴様のやりたいようにやればいい」

 三成は振り返って、男たちに声をかけた。
「遠呂智を討ち、女たちを救う……協力してくれ」
 言われるまでもなかった。後方で待機していた男たちが、遠呂智と戦う者と女たちを
救う者とに分かれ、危険も省みず踏み込んでいく。
「じじい、こうやって弓の腕を競うのも悪くねえな」
「おうとも。我らの弓で、未来の弓使いを救えるのじゃからな」
 夏侯淵と黄忠が、大蛇たちを正確に狙い、次々と矢を放つ。それにひるんだところへ、
「これは大喬の分! これは尚香の分だぜぇ!」
「母ちゃんをひん剥きやがって! テメエには食らう価値もねえ!」
 孫策や孟獲の拳が、蛇の頭を叩き潰していった。

 援護を受けて大蛇の猛攻をかいくぐり、救出部隊は女のもとにたどりついた。たとえ思
い人でなくとも、迅速に救出していく。
 それでも、巡り合わせというものがある。

 凌統が、阿国を抱き上げていた。滑らかな素肌の感触に戸惑い、髪をくしゃくしゃかき
ながら、つぶやく。
「あー……帰りますか、出雲へ。のんびり旅するには、いい季節ですって」

 星彩の冷えた手を握り締め、関平が懸命に呼びかける。何度想像したか分からない彼女
の裸体も、目に入っていなかった。
「拙者は星彩を守れる男に、きっとなる! だから、生きて、目を覚ましてくれ」
 自分の言葉が、彼女に届くと信じて。

 くのいちさえも、天涯孤独の身ではなかった。茹でダコのようになった徐晃の懐に、し
っかと抱かれている。
「な、何と柔らかくか細い……ぼ、煩悩退散! 拙者のなすべきことをなすのみ」
 少々前かがみになって走り出す。徐公明、まだまだ青い。

「散るがいい!」
 怒りに燃える周瑜の火計が生き残りを焼き払い、十六匹の大蛇はついに一掃された。
遠呂智には、信じられない事態だった。魔王とあろう者が、一歩後ずさる。
「ぬぅ……何が貴様らを強くした」
「分からぬか、だから貴様はクズなのだ。貂蝉に詫びて死ねええぇぇい!」
 道は開けた。呂布が遠呂智の左前方から突進する。真っ二つにするべく、魔王は大鎌を
呂布の脳天に振り下ろした。
(奉先様)
 温かい声が、呂布には聞こえた気がした。
「ちょうせええぇぇん!!」
 大鎌が渾身の力で弾き返される。がら空きとなった脇腹めがけ、後漢末最強の男が突きを放つ。
 同時に右前方からも、巨大な槍が繰り出された。本多忠勝の目が、二度とはない好機を
とらえていた。
「愚問! 答えは地獄で問い続けよ」
 相争ってきた頂点の力が、ここに結実した。
「人間、ごとき、ぬあがああぁぁ!」
 呂布の方天画戟と忠勝の蜻蛉切は分厚い鎧をも粉砕し、深々と魔王を貫いて交差する。
永遠にも思える一瞬が、流れた。
「なぜだ……!?」
 引き抜かれると、魔王はおびただしい量の血を噴き出しながら、ガクリと膝をついた。
「我は、無双の女たちをすべて従えたというのに!」
 恐るべきは魔王の生命力。なおも、大鎌を振り上げる、が。

「終幕だ」
 信長が懐に入り、鎌を持つ手を斬り飛ばした。遠呂智に妙法千五村正の切っ先を突きつけ、
冷たく笑う。
「女たちの業を集めれば、神になれると思うたか? クク……無価値。人の業を解せぬうぬに、
人の世は治められぬ」
 嘲りに満ちた目で、遠呂智はもう一人の魔王を睨み上げた。
「ほざけ……我は知っているぞ。貴様ら人間も、女を政略の駒としているとな。正室・側室と
序列をつけ、子を産めねば捨て、容色衰えれば捨てる。それが男と女であろう。
我は違う。すべての女を永久に等しく……っ!」
 左手を地面に叩きつけ、魔力での全方位攻撃を発動……

パ――ン……

 それより速く、一発の鉛玉が遠呂智の眉間に突き刺さった。信長の背後で、孫市の銃口から
白煙が静かに立ち上っていた。倒れゆく魔王の喉笛を、信長の刃が掻き切る。
 魔王を討つ者は、やはり魔王だった。
「遠呂智……うぬの生、うぬの業も背負おう、ぞ」
「できるか……女たちと共に……フ、楽しみ……だ」
 その言葉を最後に、遠呂智は古志城の石畳に沈んだ。微動だにしない。ただ溢れる鮮血が、
石畳を染めていく。神になれなかった魔王は、遂に終焉を迎えた。
「男と女、そんなに薄っぺらくはねぇよ……さぁて、大丈夫かい女神さん達!」
 孫市がにやけながら見渡すと、女たちはすべて避難を終えていた。彼には、甘い言葉を
囁く相手もいない。戦国屈指の『女の敵』は大げさに肩をすくめた。
「おいおい、野郎どもが手際よすぎ。普通にナシだろ」
 そこで、はるかに重大なことに気付く。女が一人いない。孫市個人は撃ちたくないが、
討つべき女が。
「妲己は? 遠呂智に夢中で逃がしたのかよ、笑えねえぜ!」
「さにあらず」
 信長は知っていた。妲己にいち早く気付き、追跡する者がいたことを。
「市は、良き夫を持った、な。手を出すには……及ばず」

「この感覚……遠呂智様が負けた、ってこと?」
 逃走を続ける妲己も、魔王の死を感じ取った。驚くべきことではあったが、別に悲しいとは
思わなかった。
 遠呂智は自分にとって、自分は遠呂智にとって何だったのだろうか。今でも分からない。
巡り合った意味さえも。
 ただ一つだけ言える。彼に従い逆らった日々が、この上なく充実していたと。
「ま、しょうがないわね。このまま身を隠して、時機を待とうっと」
 その機会は、永遠に来なかった。
 前方に、浅井備前守長政が立ちはだかっている。かつて妲己に陵辱された男が。その手に
握られた聖槍舶来鋼の穂先が、ぴたりと妲己に狙いを定めている。
「妲己! 市と某の悲しみ、その身に受け止めてもらう!」
 長政は石畳を蹴って駆け出した。
「しつっこいわね……死んじゃえ!」
 妲己は後ずさりながら二つの妖玉を飛ばし、さらに妖玉から光線を放つ。鋼をも溶かす
紫の光が、長政の兜を吹き飛ばした。日本人離れした黄金色の髪があらわになる。しかし、
長政の勢いは止まらない。妖玉をまとめて切り裂き、仇敵めがけてまっすぐに槍を繰り出した。
「某は生きる! 生きて、市を守ってみせるっっ!」
 妲己も、疲れ果てていた。避けようと思っても、身体がついてこない。
「そんな、くはああっ!」
 華奢な胸板を、槍が無情にも突き抜けていく。極限の苦悶の表情さえ、狂おしいほどに
美しかった。

「……や、優しいのね、長政さん」
 武士の情け、長政は心臓を一撃でとらえていた。できればこの女にも、市の苦しみを
味わわせたい。だが。
「お前をいたぶっても、市の思い出は帰ってこない……」
「ふふ……あきらめちゃうんだぁ」
 かすれた声で、妲己が長政に何事かを告げた。彼の目が驚愕に見開かれる。
「な、なぜそれを、教えてくれる」
「だって、あなたのアッチの槍が気持ちよかったから……」
「え!?」
「あはは、信じないでよ。じゃ……ね……」
 最期まで、妲己は淫らであり続けた。術で作られていた服が先に消え、それから裸体が
鮮やかな光の粒となって散っていく。
 あとには九本の尾を持つ狐の死骸のみが残されていた。長政は片手で拝み、立ち去る。
『それ』が遠呂智と交わって互いを弱体化させていたことなど、ついぞ気付かずに。

「何ということだ。次代を繋ぐべき女性たちが……」
 ようやく蜀軍に救助された劉備は、ことの凄絶さに愕然としていた。彼の眼前には、
女たちが死んだように伏している。
 さすがにもう、無惨な全裸状態ではない。これ以上の恥辱を受けぬよう、胸から下には
大きな白布が巻きつけられていた。見かねた直江兼続が、自軍の軍旗を提供していた。
 諸葛亮が、穏やかに首を振る。
「ご心配には及びません。蛇の毒などに、人の心が負けましょうか。さあ、遠呂智に返して
もらいましょう。彼女たちが貸していたものを」
 左慈と諸葛亮が見つけ出した、遠呂智に消された女たちの人格を取り戻す鍵。それは皮肉な
ことに、遠呂智自身の血だった。

 諸葛亮も、自ら月英に血を飲ませた。まつ毛がかすかに揺れ、まぶたが開く。その瞳は
とうに理性の輝きを取り戻し、澄み渡っていた。
「孔明様、私は、何という大罪を……ううぅ」
 大粒の涙を流しながら、月英は夫にしがみつく。すべてではないが、覚えている。
あの悪夢を。
「あなたの罪などではありません。決して」
 それでも孔明には分かっていた。聡明な彼女は、自分の力でこの悲しみを乗り越えていくと。
ならば一生をかけて、支えていくつもりだった。

「ごめんね、浮気はダメだって言ったのに、あたし」
 自分が何をされ、悦んでいたか。ねねは身体で覚えてしまっていた。妊娠を望む本能に
負け遠呂智を求めた自分が、許せなかった。
 鼻水をたらしながら、秀吉は泣きじゃくった。
「謝るのはわしじゃ。お前に甘えて他の女の尻ばかり追いかけて、わしゃ大馬鹿者だ。
よーし、わしが遠呂智なんざ忘れさせちゃる! ねね、寝かせんぞ!」
 あまりにもあけすけである。ねねの顔がみるみる朱に染まった。
「こ、声が大きいよ……でもありがと、お前様」

 そんな家臣夫妻を横目に見ながら、濃姫は誰はばかることなく信長の唇を奪う。
長い接吻のあと、彼女は信長の耳元で囁いた。
「地獄も飽きたわ。遠呂智じゃ、満たされなかったの」
「クク……で、あるか」
 二人にそれ以上の言葉はいらない。

 日頃から露出度の高い祝融も、さすがに今は少々恥ずかしそうにしている。それでも口ぶりには
いつもの彼女らしさが戻っていた。
「アンタ、あの遠呂智とやりあったんだって? やっぱりアタシの旦那だよ!……チュッ」
 炎の女神の祝福を受け、大王孟獲の顔がガラにもなく燃え上がる。
「て、照れるぜ母ちゃん。にしても、それ……似合うぜ」
 褐色の肌を持つ彼女には、白い衣裳がよく映えていた。孟獲の野性が目覚める。今夜は
熱く、激しくなるに違いない。

 曹丕は、驚いていた。化粧もしていないのに、妻がこれほど美しかったことに。
甄姫は喜ばないかもしれないが、衣装も宝石も、彼女には余計なものだと思う。
「我が君……覇道の成就、お見事ですわ」
 そんな妃が、自分を褒め称えてくれる。嬉しくないわけがない。顔には出さずとも、
言葉を尽くす。文章は不朽の盛事、だから。
「私の、ではない。甄が、山崎で切り開いてくれた覇道だ。歴史に残らずとも、私は決して
忘れない」
 その言葉を聞いたときの、妻の純真な微笑みも、曹丕は初めて見た。

 江東の二喬も、ようやく夫たちの元に戻ってきた。
「孫策様、私、私!」
「分かってる。終わったんだよ、何もかも」
 大喬は孫策の腕の中で泣きじゃくる。姉妹でさせられた淫猥な行為は忘れられないし、
貞操を汚された傷は簡単には治らない。だから自分が守る。愛しき普通の少女の髪を、
孫策は優しく撫でてやった。
「ねえ周瑜様。ずっと離れてたんだから、いーっぱいお話しようね♪」
 小喬は周瑜の腕にしがみついて、白い歯を見せた。もちろん、彼女だって傷ついている。
しかし、これからの幸せに比べればどうということはない。
「ああ、もちろんさ。私の可愛い小喬」
(強いな、君は)
 周瑜は心底、彼女を頼もしく思った。

「御自ら稲を救出していただき、お礼の申し上げようもない」
 忠勝は、孫堅に深々と頭を下げた。孫堅は照れくさそうに、顔の前で手を振る。
「娘を持つ父として、やらねばならぬことだったからな」
 孫策が遠呂智と戦っている間、孫堅は稲を、孫権は尚香を身命を賭して救い出していた。
もう、家族も同然だった。

 父親同士の語らいを、娘二人は少し離れたところから見ていた。陵辱に疲れ果てた身体を
そっと寄せ合い立っている。
「何もかも、みんなに見られてたんだ……これでもう、お嫁には行けないかな」
 尚香が寂しく笑う。人の口に戸は立てられない。自分の陵辱劇はどこまでも広まって
しまうだろう。覚悟は、できていた。
 尚香の指に、稲は自分の指をそっと絡めた。隠していた尚香への気持ち、気付かなかった
被虐・肛虐嗜好。彼女もまた、何もかも暴かれてしまった。
「稲……」
 かすかに頬を染めながら、稲は尚香を優しく見つめる。
「現われるはずです。周りが何と言おうと、今の私たちだけを見てくれる殿方が、きっと。
それまでは……」
「うん……側にいて……」
 二人は向かい合い、壊れそうなほどに抱き合った。布越しに親友の温もりと柔らかさが
伝わってくる。共に寄り添い、癒しあっていくのだ。心の翼が、再び羽ばたけるようになる日まで。

 古志城の一室に、市と長政はいた。二人とも、何も身に着けていない。寝台の上で、
熱烈な口づけを交わしている。
「市……本当にいいのか? 疲れているだろうし、こんなところで」
 口ではそういいながら、長政は全裸の市を舐めるように眺め回してしまった。市も、
長政の肉槍に熱い視線を注いでいる。
「いいのです。私の身体に思い出させてくださいませ。長政様の妻であることを」
「そうだな。某も確かめたい。市の夫であることを」
 長政は強くうなずいた。ぎしっ……と、寝台がきしんだ。嬌声が上がり、ほどなく歓喜の
爆発が始まる。遠呂智に奪われた愛の結晶が甦るまで、それほど時間はかからないだろう。

 呂布と貂蝉の姿は城内になかった。誰にも見送られることなく――三成は見ていたようだが――
二人はすでに旅立った。赤兎馬が、二人を乗せて古志城から遠く遠く離れていく。
「奉先様、これからいかがなさいますか?」
 広い背にしっかりと抱きつきながら、貂蝉が問いかける。
 呂布は返事に詰まった。貂蝉を取り戻し、自分一人ではないが遠呂智も倒した。これで
終わりなのか。
 違う。何も始まってはいない。
「そうだな……この道を、どこまでも行ってみるか。貂蝉」
「はい! どこまでも、いつまでも」
 砂塵の向こうには、もう未来が待っている。

 誰もが歓喜と幸福を分かち合う中。
 立花ァ千代は一人、遠呂智の亡骸の側に立っていた。
「遠呂智……これで終わりなのか」
 無双の女たちの中で最初に捕らわられ、陵辱の限りを尽くされ、尖兵として使われた。
それなのに、彼女の目に憎しみの色は薄い。
 どす黒かった空が青く澄み渡っていくのに合わせるかのように、魔王の身体が煙を吹き、
灰に変わっていく。その様子を、飽くことなく見つめていた。
(我らの力を得た魔王でさえ、こんなにもはかなく散ってしまった。最強であり続けるとは、
本当に難しいのだな)
 至難だからこそ、あえて遠呂智も挑んだのだろう。どんな手を使ってでも。
 所業は許せない。だがその執念は、理解できる気がした。
「誇り高き生き様……遠呂智に敗れし立花にできるだろうか……ん?」
 ァ千代の素足に、何かが当たった。優雅な装飾を施された鞠が、転がってきている。
その先に、福々しい顔とリスのようにつぶらな瞳をした貴人がいた。
「立花殿、此度はご苦労だった、の」
「義元公が死地に踏み込まねば……立花は果てていた」
 なぜか、ァ千代は今川義元に最敬礼をする。
「死地? 麿は鞠を拾いに行っただけじゃ、の」
「ふ……認めざるをえん。貴公も、良きもののふだ」
 遠呂智と蹴鞠をしようとしたら、鞠を落としてしまった。慌てて追いかけていくと、
そこにァ千代が倒れていた。危ないし寒そうなので、鞠と一緒に抱いて逃げた。
 とても信じられない話だった。だが、多くの者から聞かされたのだ。

「立花殿は、遠呂智と蹴鞠ったかの?」
 鞠を蹴りつつ、義元が尋ねた。ありえない。遠呂智と蹴鞠が結びつこうか。
「いや……一度も。楽しいことは、何もなかった」
「何と! さみしいの。あんなにおなごがいて、遠呂智は蹴鞠る相手もいなかったか、の」
 その顔は、本気で遠呂智を憐れんでいた。憐れみながら、鞠が宙を舞っている。その様は、
一種神々しくさえあった。思わずァ千代は問いかけていた。
「立花は風流に疎いゆえ、お尋ねする……どうすれば、そのように完璧なる鞠さばきが?」
 しばらく小首をかしげてから、義元は答えた。
「んー。何はなくとも、相手が受けやすい球を蹴る。それが蹴鞠の極意かの」
「受けやすい、球を……」
「一人で蹴る鞠はさみしいの。でも、皆が一緒に蹴鞠ってくれれば、麿はどこまでも上手く蹴鞠れる、の」

 その時ァ千代は『完全』という名の檻から解き放たれたように思えた。
「……完全とは、一人で何事もなしうるということではない。そうか!」
「??? なぜ、そこで笑う、の?」
 義元の言うとおり、ァ千代の顔は実に晴れ晴れとしていた。
「ならば、立花は再び目指せる……魔王に穢されようと、誇り高き生を! 感謝する、義元公!」
「礼はいいの。それより遠からず、皆で蹴鞠りたい、の!」
 軽くうなずいて、ァ千代はしっかりと前を向いて歩き出す。彼女の後ろでは、魔王の遺骸が
一陣の風に散りはじめていた。

 その風は、軍旗を巻いただけの衣の裾もひるがえす。のぞいた太腿がなまめかしい。
なぜだか、今の彼女にはとても恥ずかしかった。
「い、いつまでも布一枚では……提供してくれた直江には悪いが、早く着替えるとしよう」
 ほどなく、ァ千代は気付くだろう。その衣には、赤く一字が染め抜かれていることを。

それは遠呂智に奪われ、消され、それでも戻ってきたもの。

愛。

今ようやく、愛が女たちを包み込んでいた。

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この物語のヒロインたちは、以下の作品にも出ています
くのいち×徐晃
稲姫×ァ千代
関平×星彩

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Written by◆17P/B1Dqzo